2019年08月10日

This is me

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 ここのところ、頭の中に流れている音楽が、ブラームスのピアノ協奏曲第2番の第三楽章と、このThis is meが交代だったりする。
 ちょっと前まではショスタコーヴィチの交響曲第5番が(なぜか)。

 まぁこれは『グレーテスト・ショウマン』のメイン曲(タイトルロールじゃない)だったりして、映画が上映されたときに、ダンスの先生が取り入れてくれたり、今回も学校で勉強する(歌う)ことになり、これがまた難しいの難しくないのって。(つまり難しい)

 画像を見るたびに、「こりゃ無理だわ」と思いつつ、動画見てると感動するのね。有名なのは、記者会見の時の童画だろうけど。某高校ダンス部のダンスとかもあって、これ本当に高校の部活か? というレベルですごいけど。

 ということで、日本語/英語 両方でわりと真剣に勉強中だったりします>This is me。

 8月10日〜12日の三日間、錦糸町のすみだトリフォニーホールで「100チェロ」というのをやってまして。8月12日(月祝)18時からが本番。イタリアから何人ものチェリストが来日してて、そのヘッドになってるのが、ジョヴァンニ・ソッリマ(『僕のジョバンニ』のモデルね)とメロッツィ。130人のプロアマのチェリストが参集して、リハーサル。いやもうエネルギーが凄い。で、曲が楽しい。
 午前中から撮影・取材に入っていまして、いまもやってます。(私はいったん会社に戻ってきたけど)
 皆、とてもチャーミングな人々であります。

 なんか物凄い音がするな〜と思ったら、神宮の花火が始まったみたい。
 これ、20時すぎまで続くんだけど、これもまた夏の風物詩だね。
 (あ〜、びぃる飲みたい!)


posted by rain2009 at 19:39| Comment(0) | play | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

演奏会のマナー(聴く、弾く、見る)

 昨日のアーティクルの中で、指揮者のblogにリンクしたわけですが、その中に、「第40番の出だしの前に、客席で鈴が鳴ったのが残念」とありました。
 これについては私も常々、自分が客の立場でイラっとくることがあります・・・というのを書いてみたいかな。

 私はわりあい、街中やらで騒がしいのとかいろんなことは平気ですが、飲み屋での“コントロールされていない莫迦デカい声”と、“演奏会真っ最中のある種の雑音”には、ものすごく気難しいと思います。
 前者は、注意こそしませんが、本気で顔をしかめたくなるし(ちなみに、コントロールされていない声の出し方、というのが基本的に好きではありません。耳、悪いんじゃないの!?=無神経だから)。
 後者については、最近、「ビニールや飴の包装をガサガサさせる音」「プログラムに挟んだ歌詞カードをめくる音」などについてアナウンスされるようにもなりましたね。実は、一方で、これもどうかと感じています。歌詞カードやプログラムをめくる音は言えば気づくかもしれませんが、携帯電話の着信音やスイッチ切りなどは、直前のホールスタッフによるご案内やアナウンスの方がむしろうるさい。実際は、「気づく人は言われなくても気づいているし、本当に言わなければわからない人は言ってもわからない(=自分のことだとは思わない)ので、やるだけ無駄」という考え方もあるのです。そう判断して、このアナウンスを一切やめてしまったホールを知っていますが、そこは大変環境がよろしくなったというお話ですはい。

 さて、鈴です。
 演奏が始まった途端、チラシやプログラムをばさばさしはじめる人は、どうなんでしょう? 結構、見かけます。演奏している間はやめてほしいんですけどね。ppになった途端、がさがさする人。fまで待てないんでしょうか? 要するに、日常とは違う空間・神経の使い方をする場所に来てるのだから、TPOを考えてね、あとはリラックスして【聴くこと】を楽しんでほしい、、、というだけのことなのですが。
 まぁせき込むとか飴を出したいとか、わかります。私自身は、「小さいタオルと飴」は演奏前に用意するので(本当はペットボトルも置いておきたいくらいですが、コンサートホールでは禁止なので仕方なく)、あとから気づくのって、どうよ。・・でも確かに間に合わないことはありますので、百歩譲って良しとしましょう。ですが、鈴はいけません(個人的意見)。
 何故、かといいますと。

 音楽=音で語る を聴きにくるのに、何故、音を出すものをつけてくるのでしょう?

 楽器は別として。いまや携帯電話やスマートフォンなどは別として(音を出さないようにするために、注意を向けなければならないというのは共通認識になっていますね)、鈴。昔、学校時代に担任の先生が「ネコじゃないんだから、人間が鈴を付けるなよ」と仰いましたが、「静かに【皆がそれぞれ】音楽を楽しむ空間」で、余計な音を立てるものをなんで付けて来ないといけないんでしょうね?
 どうしてもつけたいなら、その時間は外して財布の中に入れておくとか、例えばお財布に付けている鈴なら、口をあけて中にはさみ込めば鳴らないんです。若い頃、そうやってたことありました。

 要するに、気遣い、だと思うんですよね。
 緊張したppの時に、「これから始まる」ときや、「G.P.(ゲネラルパウゼ)」や、「静かに息絶えて終わる」ところで鳴らすなよー。・・・演奏者にとっては、“殺意を覚えます (c) 某プロ奏者”ですわほんと。

                  ・・・
 演奏会のマナーって、簡単だと思います。「他人に不快を与えないこと、自分も楽しむこと」
 まぁこれが時々、行き違うこともあって、それはまぁ「仕方ないなぁ」と思うこともありますが(がっかりするけどね)。
 拍手のタイミングにしても、音を出さなきゃいけないにしても、周りを見て舞台を聴けば、「どこなら迷惑にならないか」ってわかると思うんですよねぇ。それでも「うっかり」ということもあるのだから、それをとがめる人は、あんまり居ないと思います。(うっかりぶつかってガタっとやっちゃったとか・・・キモ冷えますけど、しゃぁないかーと思いますもん)
 想像力というのは創造力だと誰かが言いましたが、「やる」ことより「やらないこと」を伝える方が難しい。考えてみれば100人もの人が舞台の上に居て、2,000人もの人が客席にいて、静謐と創造を共に楽しむわけです。・・・大人な空間であり、それが文化ってものだろうなと思うのでした。
posted by rain2009 at 18:15| Comment(0) | play | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

モーツァルト、その後。

 2月4日はご来場いただいた方、どうもありがとうございました。思いのほか、オトモダチやらお仕事先の方やらいらしていただいて、感謝感激でした。・・・私んちからは遠いのですが、三鷹=東京都下・多摩地区というのは、皆さまのエリアに近いのかもしれませんね。
 そして一緒に演奏させていただいた、ZEROの皆さん、どうもありがとうごさいました! 某「航空情報」の原稿と某音大記事のために、急ぎ会社へ戻らねばならず、この日の宴会(打ち上げ)は本当に出たかったのですが(涙)、涙を呑みました。えーん。

 終わってもなんか身体の中に残っている、というほどに、あの3曲は名曲です。
 自分たちの演奏が、デフォルトになってもマズいので、あとでどれかCD聴いてみようと思いつつ、個人的には体調悪かったことも差し引くと満足度70%くらいの演奏でした。これでもうちょっと「自分的演奏課題」がクリアできてれば85%くらい行ったと思うんだけどなー。

 しかし、《ジュピター》は燃える曲なんですね。知らなかった。
 某チェロ弾きが、この曲が「大好き」で、これに決まった途端、コンマスのところに熱烈なメールを送ってきたとか。コンマスの弓の毛が終わって弓を上げた瞬間、切れているのが見えて、大変効果的だったとか(「41番はこうでなくちゃ!」と某セカンドメンバーが言いました・笑)、指揮者の先生は「オーケストラから熱風が吹いてきた」と仰ったりとか。やっぱりモーツァルトって凄い。

 昨日、運営委員長サンから、次回の招集と予定(ブルックナーを演ります。何故かモーツァルトのピアノ協奏曲もセットで、なんと、ソリストは小林亜矢乃さんです。コバケンさんのお嬢さんで才能あるピアニストですね!)とか。その中に、指揮者のブログのコメントがリンク されてましたので、嬉しくなってリンク。いいのかーここまで褒めていただいて(*^_^*)(>次が怖い)。

 ということで、次は4月本番の MM21オケです。全然、練習に出れてなくてヤバいよー。校了終わったら、馳せ参じます。はい。
posted by rain2009 at 16:10| Comment(0) | play | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

モーツァルトの交響曲・3/続・練習日誌

 それからあまり朝練習のできる日がないまま、週末になろうとしています。
 まったくやらなかったわけではないので、その経過をすこし書いてみたりしますね。

 翌日は第41番《ジュピター》をさらおうと思ったが、やっぱり最初は、前日、全部弾けなかった39番の第四楽章からとっかかる。「たら、たった、たら、たった・・」はだいぶんコツがつかめてきたが、とりあえずは、左手(音程)の前に、右手の動きががたがたしないようにしなければ、と前日とは逆のことに気づく。
 音を弾いていくのに、左手の方が瞬間速く動かないと、細かい音程はズレます。でも、右手がテンポどおり行っていないときがときどきあって、そうすると良い音は出ない。つまり音程が合う合わない以前に、ヴァイオリンの音にならない(きちゃない音になるんですね)。
 移弦が多いので、右手の角度を変えすぎないよう、ただ、きちんと変えるよう、むしろ頭に叩き込む。音の進行を覚えるのが早いです。これは、昨年11月に出た弊社の新刊「ヴァイオリンを弾くための脳神経と筋肉の使い方」に石川先生が書いておられます。「脳神経を鍛えて、筋肉を動かす」
 考えてみれば、大人から始めた楽器だけでなく、ピアノも、ある時期から自分はそうやって演奏してきたわけで、「全部聴きなさい」という先生のレッスンは、そういう意味だったのだ、とあとで気づいたような気がします。耳=頭 でわかってない音を出すと「滑った」といわれる。ピアノでも「滑った音」はレッスンでは先生にもろバレでした。ヴァイオリンは、技術がないため無意識では弾けませんから、ともかく全ての音は、「目で(楽譜)を見て読む→頭で音が鳴る→指と右腕を動かす」の順番で行っているわけで、これ、疲れます。ポジションとか指の形というのは、ある程度のセオリーで、マスターするとだいぶんこの流れが楽になる、ということなのですね、なるほど。・・・と私は思うわけです。

 ともかく最初の頃よりは、疲れなくなりました。3時間くらい弾いても平気です。ただ、集中力が切れてくると、最近は目に出て、右目の半分が(つまりプルトを組んでいるから楽譜の半分向こう側が)怪しくなって、音を落とす。・・・なのでこの3曲は、速いとこは覚えてしまうことになります。
 前にチェロの人が、楽器フェアでばったり会って、ピアノで一緒に演ってるシューベルトのアルペジョーネとか、今、オーケストラでやってるレパ曲をすらすら弾いててびっくりしたことがあります。そう言うと、「あんな難しい曲、覚えないと弾けませんよ」としゃらりと言う。。。ある意味、アマチュアって凄くないすか?

 幸い、モーツァルトは交響曲もピアノも同じです。バッハにもいえるけど、この2人の作曲家だけは、音楽を表すのにジャンルの違いがあまり関係ないような気がするんですね。ベートーヴェンのピアノソナタと交響曲と弦楽四重奏曲は、それぞれまったく違う宇宙ですが、モーツァルトはあまりその違いがないような気がしています。・・・なので、わりと暗譜しやすいんだな(笑)。子どもの頃から、モーツァルトのピアノ曲やらヴァイオリンとのデュオ曲やら、合唱曲やら、どれだけやったかしれませんもの。
 ただ、彼の作品は、時折、ベートーヴェンとか以上に現代曲なことがあります。3曲のうち、1箇所、第2ヴァイオリンを弾いていて、どうしても現代曲か、これ? という部分があります。和声の中で、2ndとヴィオラだけ、異様な和音を弾いているんです。だから、必ず間違っちゃうので、きちんと覚えないとね。あとは、響の新鮮さは面白いから、セカンドでも覚えやすいです。
 もちろん、全部覚えるなんてことはナンセンスなので、しません。だいたい覚えていればいーんですよん、つまり、音をあとから追いかけないようにしておきたいというわけ。

 39番の第四楽章を弾いて、それから40番の第一楽章、第四楽章。やっぱり、練習するとなると、最初の16分音符ですよね。二弦にまたがる「ちゃらちゃら・・・」の音符は、きちんと鳴らせるようにしなければ。音程が悪くなると鳴らないし、きちゃないので、その練習と、右手の力加減かしら。
 ともあれ、大変な曲です。

 さて次回の練習は通し稽古があります。「通し→返し」ということになるそうで、はてどうなることやら。
 『遅刻厳禁!』というお達しが回ってきました、、なはは。
posted by rain2009 at 22:17| Comment(0) | play | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

モーツァルトの交響曲・2/練習日誌

 昨日書いたarticleが、あまりに前回(12月)に書いたものと似ていたので、「自分って進歩ない?」とか、「弾くたびに同じことしか考えてないのか、自分」とツッコミまくってしまった。ということで、リベンジをば。

 実は、練習したいモチベーションはあるのだが、毎晩帰ると寝落ちしてしまうという体たらく。ベッドルームに直行してそこで少しPCつないでメール関係の仕事をしたらお仕舞いで寝てしまう。リビングに行って防音室のドアを全部締め、楽器を用意して譜面台を立てるという元気が残っていない(部屋が寒いしね)。夜中まで使える部屋があるだけでも贅沢というものだが、そういう環境のために必死で働く生活のため帰ると真夜中で結局弾けないとかいう次第、、、で、初心に返って「朝練」することにした。
 ちゃんと寝てさえいれば、朝はわりときちんと起きられる。冬はしんどいんだけど(夏は暑くて起きちゃうんですが、冬は冬眠状態なので・・・あかんがな)、それでもまぁ起きよう。
 そしてパジャマのままリビングに行き、立てっぱなしにしてあった譜面台と楽譜の前(のピアノのイス)に座って楽器を構え、、、さて。

 ボウイング練習からスタートするところがシロートですね自分。ボウイング、そしてスケール。本当はいろんな調をずずずと弾くと良いのですが、音程を確かめながらになるので、時間を考えると一つやるのが精いっぱい。なので、G-durを上がって降りて楽器の倍音を確かめたあとは、すぐに弾く曲の調。B-durとEs-dur、というまぁやっかいな。でもゆっくりスケールを弾いているだけで指の位置と耳が落ち着いてくる。
 子どもの頃から習っていた人は、このあたりはスムーズに数分でクリアするのだろうなと思う。大人から始めて指の具合もその日によって違う私は、毎回、指と耳を調整しないとロクに弾けないのだ。

 ということで、この日は40番。何故なら頭のなかで、ずっと「ちゃららんちゃららんちゃららんらん、ちゃららん、ちゃららん、たらら……」というのが鳴っていたから。音に出してみるとずっと落ち着く。
 あぎゃ、と1音目から音程が取れません。オーケストラの練習時には簡単にできたのに、指がその位置にきちんと収まらないんですね。むりむり耳に合わせて和音を取る、ゆっくり弾く、、というのを1フレーズ繰り返し、そして飛ばして分散和音の下降形のところに行く。これは頻繁に調が変わるので、指の確認をするにもとてもよろしい。
 モーツァルトは、特に別のメソードをやらなくても、曲の中を取り出してさらえば、けっこう良い勉強になる。

 さてそれから1楽章を通しで弾いてみるが、、、テンポはゆっくりね。それで音を外したところはチェック、弾きにくいところは★印、音が取れてないところはポジション(指番号)を再確認して書き込む。決めてしまって、何度かやってみる。

 時間が押してるので、全部弾くのは諦めて、次に第四楽章。これはもう難しいところをさらう。弾きたいとこは我慢して、とりあえず練習でついていけなくて変な音をまき散らした部分をゆっくりさらう。スタッカートで弾いてみるといいそうなので、一音一音速めのスタッカートで弾いてみて、次に少しだけリズム練習をば。で、やっぱりポジション取れないところは指番号書き込んでその部分だけ繰り返し。

 これも全部弾くのは次に送って、今度は39番の第四楽章。
 《ジュピター》が難しい、とばかり思っていたんだけど、さすがに3〜4回も本番をやっていると、曲を相当に覚えているらしく、さらうべき場所もすぐわかり、速いところはほぼ暗譜してるらしい。なので、それは次に送って、今日は、案外に弾けなかった39番を。第四楽章の「ターラ、タッタ、ターラ、タッタ……」の16分音符のところ。どうも右手のボウイングがうまくいってなくて音が暴れる感じだったので、そこをきちんとポジション決めて、左手から固める作業。ゆっくり弾いて、右手を合わせる作業。
 これも大人から始めた人間の欠点の一つだけれども、「速いパッセージになると左右がずれて音がバタバタする」。柏木先生の連載の中で何度も出てきているので、そこはトレーニングは踏襲。「運動」のコントロールとかは良いとして、左右を同期させるためには独立をさせないとね、とか。とりあえず「左手で考え」ながら、「右手は暴れない」ようにするのが良い。どっちかが遅れると、バタバタとズレるので。
 ゆっくりから始めるしかないけど、急に速くもやってみる。

 ここまでで、ツレアイが起きてきて「朝ごはん!(できたよ)」と呼ぶ。約40分、おしまい。
 明日は39番の第四楽章から始めて、41番の最終楽章の気になったところと、39番の第二楽章をやってみる予定。・・・てなところで、書いていくと効率よく練習できるかな?

posted by rain2009 at 12:44| Comment(0) | play | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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